『逃げられない世代』に生きて

私は1986年(昭和61年)生まれ。高度成長やバブルというものを経験せず、いわゆる「失われた○0年」を生きてきた世代です。

物心ついた時から日本の経済は下り坂。私がニュースを見るようになった小学生の頃に、オウムの地下鉄サリン事件が起きました。

経済の停滞や、政治の混乱ーー。閉塞感の漂う、先行きの見えない社会の中を生きてきた私たち、団塊ジュニア以降の世代。このうち私たち20〜30代の世代を、元経産相官僚の宇佐美典也氏は「逃げられない世代」と呼んでいます※。戦後、日本が先送りしてきたさまざまな課題に対して、もはやこれ以上先送りすることが許されない世代であり、「日本という国を再定義していく役割を担う」世代としています。

その課題の1つは、人口減少超高齢化という未だ人類が直面したことのない事態の中で、社会保障制度をいかに維持していくかという課題。

そして、中国をはじめとする各国の経済的・軍事的プレゼンスの向上と、日本の相対的な地位の低下の中で、日本の国際的なポジションをどのように位置付け、平和と繁栄をいかに維持・向上させていくかという課題です。

いずれの課題に対しても、これまでは先送りをすることができました。中には、先送りが功を奏することもあったと言われています。

しかし、日本の人口の大きな割合を占める団塊ジュニア世代が高齢者になる2036年以降、現行の社会保障システムでは限界が訪れます。また、その頃には、日本の国際的なプレゼンスが低下しており、日本の安全保障の根幹である日米の同盟関係が大きく揺らぐ可能性があります(すでにその兆候はありますが)。

2036年に議論を始めても遅く、また、過去の責任を追及しても何も始まりません。(むしろ、多くの恩恵を私たちの世代は親世代、祖父母の世代ーーから受けています。)

今からでも私たち「逃げられない世代」が声を上げていかなければなりません。

宇佐美氏が課題先送りの原因の一つとして指摘する日本の政治システムに対して、今まさに若手の政治家たちが声を上げています。こうした若手の声が、どこまで実現に近づいていくのか。注視していきたいと思っています。

そして、私も「逃げられない世代」の一人であり、次世代に責任ある立場として、この大きな課題に向き合っていかなければならないと思っています。

※宇佐美典也(2018)『逃げられない世代ー日本型「先送り」システムの限界』新潮社

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